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田辺聖子 氏(たなべせいこ)

作家[日本]

2019年 6月6日 死去享年92歳

田辺聖子 - ウィキペディアより引用

田辺 聖子 (たなべ せいこ、1928年3月27日 - )は日本の小説家。
大阪府大阪市生まれ。
淀之水高等女学校を経て樟蔭女子専門学校(現大阪樟蔭女子大学)国文科卒。
恋愛小説などを中心に活動し、第50回芥川龍之介賞など数多くの文学賞を授与されている。
文化勲章受章者。
1928年3月27日、大阪府大阪市に生まれる。
父方は広島県福山市の出身で祖父の代から写真館を経営していた。
大阪市内に生まれ、大阪の風俗文化に深く親しみながら育った事は後の作風に大きく影響を与えている。
因みに北摂の新興都市については風俗文化が乏しいと評している。
幼少時は古典文学に親しみ、多くの少女小説を愛読した。
戦時中は愛国心にあふれた軍国少女としての時代を過ごし、戦争で死ぬことを本望としていた。
1943年『少女の友』の作文欄で川端康成の選により掲載された「さら」が最初の活字作品。
敗戦後ではその反動と喪失感から複雑な思いを抱く中、古典文学の世界に癒しを見出した。
大阪の金物問屋に就職で勤める傍ら文芸同人の『文芸首都』『大阪文学』に参加、『花狩』がラジオドラマに採用され放送作家となった時期もある。

  • 題名
    『少女の友』愛唱歌集
    歌手
    童謡・唱歌
    発売元
    キングレコード
    演奏時間
    133分
    発売日
    2010年9月08日
    新品価格
    ¥ 3,599
    中古商品
    ¥ 3,024 より

1928年(昭和3年)大阪生まれの小説家、エッセイスト。兵庫県伊丹市在住。 大阪の下町・福島の写真館の長女。樟蔭女子専門学校国文科卒業。女学校在学中に終戦を迎え、十九の春の1947年(昭和22年)大阪の金物問屋の事務員になる。終戦の年の6月に空襲で家が焼け、12月に父が死去、母と弟・妹の母子四人の苦しい生活であった。仕事の傍ら映画を見る生活の中で小説やエッセイを書き始める。その後、弟・妹の卒業と就職、結婚で仕事を辞め、家事担当のかたわら執筆をする暮らしに。同人雑誌『文芸首都』(東京の保高徳蔵氏主宰。当時の同人に佐藤愛子、北杜夫、なだいなだがいた)『大阪文学』(大阪文学学校の仲間で作った雑誌)に入っていた。 1958年、長篇『花狩』が『婦人生活』の懸賞小説として当選。このころからラジオドラマを書く。 1964年”大阪弁の恋愛小説”『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)』(同人雑誌『航路』連載)で第50回芥川賞。1962年「花衣ぬぐやまつわる…わが愛の杉田久女」で女流文学賞?受賞、1990年第10回日本文芸大賞、1993年『ひねくれ一茶』で第28回吉川英治文学賞、1994年、第42回菊池寛賞、1998年『道頓堀の雨に別れて以来なり』で読売文学賞、 泉鏡花文学賞、井原西鶴賞?を受賞など、著書多数、受賞多数。 1995年紫綬褒章受章。2000年文化功労者。 鋭い人間観察と高い知性をユーモアに包み、小説、評伝、随想など幅広い分野で活躍。古典文学への造けいも深く、「源氏物語」の口語訳をはじめ古典紹介などでも大きな成果を収めている。また、無類の宝塚ファン、スヌーピー好きとしても知られる。 (Mainichi …… (引用元 Hatena Keyword)