後円融天皇(ごえんゆうてんのう)
北朝第5代天皇[日本]
(延文3年12月12日崩御)
(ユリウス暦) 1359年 1月11日 死去享年36歳
後円融天皇(ごえんゆうてんのう、旧字体: 後圓融天皇、1359年1月11日〈延文3年12月12日〉- 1393年6月6日〈明徳4年4月26日〉)は、日本の北朝第5代天皇(在位:1371年4月9日〈応安4年3月23日〉- 1382年5月24日〈永徳2年4月11日〉)。
諱は緒仁(おひと、旧字体: 緖仁)。
後光厳天皇の第二皇子。
母は左大臣広橋兼綱の養女の広橋仲子(崇賢門院、実父は石清水八幡宮の神職善法寺通清〈紀通清〉)。
仲子の実姉紀良子が生母にあたる室町幕府第3代将軍足利義満とは、従兄弟同士に当たる。
譲位後の永徳3年(1383年)には、配偶者にあたる三条厳子(後小松天皇生母)への傷害事件を起こしている。