陸奥宗光(むつむねみつ)
武士、海援隊士、政治家、外相[日本]
1897年 8月24日 死去肺結核享年54歳
陸奥 宗光(むつ むねみつ、天保15年7月7日〈1844年8月20日〉- 明治30年〈1897年〉8月24日)は、日本の幕末の武士。
明治期の外交官、政治家。
江戸時代までの通称は陽之助(ようのすけ)。
家紋は仙台牡丹。
位階勲等爵位は正二位勲一等伯爵。
「カミソリ大臣」とも呼ばれた。
版籍奉還、廃藩置県、徴兵令、地租改正、議会の先駆けである元老院の設立に多大な影響を与え、第1次山縣有朋内閣では農商務大臣として第1回帝国議会を成功させる支柱となった。
外務大臣としては幕末期以降に結ばれていた全15か国の不平等条約(領事裁判権の撤廃、関税自主権の一部を回復)改正に成功した。
日清戦争において陸奥外交と呼ばれる外交を行い、戦中・戦後処理に尽力し、三国干渉を日本の有利な形で収まるように立ち回った。
陸奥宗光が亡くなってから、128年と253日が経過しました。(47005日)



