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薄田研二(すすきだけんじ)

俳優[日本]

1972年 5月26日 死去急性肺炎享年75歳

 - ウィキペディアより引用

薄田 研二(すすきだ けんじ、1898年9月14日 ‐ 1972年5月26日)は、日本の俳優。
本名は高山 徳右衛門(幼名:徳太郎)。
築地小劇場研究生からキャリアをスタートさせ、同劇場分裂後に新築地劇団の結成に参加、同劇団の中核的存在として活躍。
その後も苦楽座、劇団中芸、東京芸術座などの劇団を設立し、新劇運動の中心的指導者となった。
晩年は後進の教育にもあたっている。
戦中・戦後は映画にも多く出演しており、特に東映時代劇で欠かせない悪役俳優として知られた。
著書に自伝『暗転 わが演劇自伝』(東峰書院、1960年)など。
前妻は高山晴子(倉田百三の最初の妻)、後妻は女優の内田礼子。
息子は高山象三、娘は女優の薄田つま子。

関連作品

薄田研二が亡くなってから、50年と38日が経過しました。(18301日)