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木下勝俊(きのしたかつとし)

戦国武将歌人[日本]

(慶安2年6月15日没)

1649年 7月24日 死去享年80歳

 - ウィキペディアより引用

木下 勝俊(きのした かつとし)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将、大名、歌人。
若狭小浜城(後瀬山城)主で、官位が従四位下式部大夫、左近衛権少将であったので、通称を若狭少将という。
一時期はキリシタンでもあって洗礼名は「ペテロ」(ペドロ)と伝わる。
歌人としては長嘯(ちょうしょう)または長嘯子(ちょうしょうし)、あるいは挙白(きょはく)、天哉爺(てんかおう)など様々の称を用いた。
一般には木下長嘯子の名が高名。
関ヶ原の戦いでは東軍に属して伏見城留守居の将とされたが、鳥居元忠に退去を迫られ、これに従った結果、敵前逃亡したと戦後に責められて改易された。
次いで父家定の備中足守藩を継いで第2代藩主となったが、異母弟利房と遺領を争って公儀の沙汰で所領没収とされた。
以後、京の東山に隠棲して文人となった。
作風は近世初期における歌壇に新境地を開いたものとされ、その和歌は俳諧師松尾芭蕉にも影響を与えた。

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