法然(ほうねん)
僧、浄土宗開祖[日本]
(建暦2年1月25日入滅)
(ユリウス暦) 1212年 2月29日 死去享年80歳

法然(ほうねん)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の日本の僧。
はじめ山門(比叡山)で天台宗の教学を学び、承安5年(1175年)、専ら南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)の誓いを信じ「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、死後は平等に往生できるという専修念仏の教えを説き、天台宗で有名な法然だが、後に日本浄土宗の宗祖と仰がれた。
平業房が法然に帰依し寄進して天台宗の浄土寺を建立した。
応仁の乱が勃発したために足利義政が新たに銀閣寺を創建した時に浄土寺を建て直したが浄土宗の浄土院となる。
法然は房号で、諱は源空(げんくう)、幼名を勢至丸(せいしまる)あるいは小矢児(こやちご)、通称は黒谷上人(くろだにしょうにん)、吉水上人(よしみずしょうにん)とも。
諡号は、慧光菩薩・華頂尊者・通明国師・天下上人無極道心者・光照大士である。
大師号は、500年遠忌の行なわれた正徳元年(1711年)以降、50年ごとに天皇より加諡され、平成23年(2011年)現在、円光大師、東漸大師、慧成大師、弘覚大師、慈教大師、明照大師、和順大師、法爾大師の8つであり、この数は日本史上最大である。
『選択本願念仏集』(『選択集』)を著すなど、念仏を体系化したことにより、日本における称名念仏の元祖と称される。
浄土宗では、善導を高祖とし、法然を元祖と崇めている。
浄土真宗では、法然を七高僧の第七祖として崇め、法然聖人/法然上人、源空 ……



