聖徳太子(しょうとくたいし)
皇族、摂政[日本]
(ユリウス暦) 0574年 2月7日 死去
聖徳太子(しょうとくたいし、旧字体: 聖󠄁德太子)は、古墳時代後期〜飛鳥時代の皇族・政治家。
用明天皇の第二皇子で、母は欽明天皇の皇女・穴穂部間人皇女。
本名は厩戸王(うまやとおう/うまやどおう)、厩戸皇子(うまやとのおうじ/うまやどのおうじ)ともいわれるが定かではない(詳細は#名称の節を参照)叔母の推古天皇の下、摂政として蘇我馬子と協調して政治を行い、国際的緊張のなかで遣唐使・遣隋使派遣するなど大陸を当時統治していた隋から進んだ文化や制度をとりいれて、冠位十二階や十七条憲法を定めるなど天皇(行いによる置き名によって、後に決まる)を中心とした中央集権国家体制の確立を図った。
このほか仏教を厚く信仰して興隆に努め、後世には聖徳太子自身が日本の仏教で尊崇の対象となった(太子信仰)。
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