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聖徳太子(しょうとくたいし)

皇族、摂政[日本]

(ユリウス暦) 0574年 2月7日 死去

 - ウィキペディアより引用

聖徳太子(しょうとくたいし)は、飛鳥時代の皇族・政治家。
用明天皇の第二皇子で、母は欽明天皇の皇女・穴穂部間人皇女。
「聖徳太子」は後世の尊称ないし諡号。
また、厩戸皇子(うまやどのみこ、うまやどのおうじ)、厩戸王(うまやとおう)など本名は厩戸と言われることも多いが、第二次世界大戦後に推定された名が広まったものであり、古代の文献には見えない。
叔母の推古天皇の下、蘇我馬子と協調して政治を行い、国際的緊張のなかで遣隋使を派遣するなど中国大陸を当時統治していた隋や朝鮮半島から進んだ文化や制度をとりいれて、冠位十二階や十七条憲法を定めるなど天皇を中心とした中央集権国家体制の確立を図った。
このほか仏教を厚く信仰して興隆に努め、後世には聖徳太子自体が日本の仏教で尊崇の対象となった(太子信仰)。

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