境野黄洋(さかいのこうよう)
仏教学者、僧侶・真宗大谷派[日本]
(東洋大学長)
1933年 11月11日 死去享年63歳
境野 哲(さかいの さとる/さとし、明治4年8月12日(1871年9月26日) - 昭和8年(1933年)11月11日)は、日本の仏教史学者・仏教運動家。
宗教家(真宗大谷派僧侶)。
文学博士。
専門は中国仏教史。
号は黄洋(こうよう)。
境野黄洋の通称で知られる。
来歴=
宮城県名取郡(現在の仙台市太白区)出身。
哲学館(東洋大学の前身)出身。
東洋大学教授を務める傍ら、曹洞宗大学(駒澤大学の前身)にも出講。
新仏教同志会の中心メンバーであり、雑誌『新仏教』(1900-1915年)発刊に尽力。
禁酒・禁煙・廃娼運動を展開。
また、明治27年(1894年)には鷲尾順敬や村上専精らと雑誌『仏教史林』を創刊。
大正7年(1918年)、東洋大学(哲学館)出身者として初めて、同大学の学長に就任。
大正12年(1923年)、学内で起きた紛擾事件(境野事件)の責任を問われ、文部省による認可取消処分を受け学長を辞任。
1926年に駒澤大学教授に就任。
1930年『随唐以前ニ於ケル仏教ノ変遷』で博士号(文学、駒澤大学)を取得した。
墓所は文京区真浄寺。
主著・監修=
『支那佛教精史』
『支那佛教史講話』
『支那の佛教』
『印度支那佛教小史』
『日本佛教小史』
『日本佛教発達概観』
『天台四教儀講話』
仏教信仰実話全集『宗教の門』
『佛教論理學』(村上専精との共著)
『宗教の本性』
『アメリカより日本の女へ』
『模範佛教辞典』監修(他に井上哲次郎ら4名)
『境野黄洋選集』
出典=
^ 「境 ……
境野黄洋が亡くなってから、91年と10日が経過しました。(33248日)