津田左右吉(つだそうきち)
歴史学者・日本史[日本]
1961年 12月4日 死去享年89歳
津田 左右吉(つだ そうきち、1873年〈明治6年〉10月3日 - 1961年〈昭和36年〉12月4日)は、日本の歴史学者・思想史家。
早稲田大学文学部教授を歴任。
記紀を史料批判の観点から研究したことで知られ、日本における実証史学の発展に大きく貢献した。
1947年帝国学士院会員選出。
1949年文化勲章受章。
従三位勲一等。
概要=
1919年の「古事記及び日本書紀の新研究」、1924年の「神代史の研究」が代表的な研究成果である。
記紀神話とそれに続く神武天皇以下の記述には、どの程度の資料的価値があるか史料批判を通して考察した。
津田は記紀神話から神武天皇、欠史八代から第14代仲哀天皇とその后の神功皇后まで、つまり第15代応神天皇よりも前の天皇は系譜も含めて、史実としての資料的価値は全くないとした。
これらの部分は朝廷の官人の政治的目的による造作の所産であり、記紀神話は皇室が国民を支配するという思想を前提に、それを物語として展開していったもので、神武東征もその一部であるとした。
また、第23代天皇顕宗天皇、第24代仁賢天皇らの発見物語も典型的な貴種流離譚であって実在しないとしている。
発見譚に関わった第22代清寧天皇も、第24代仁賢天皇の皇子の第25代武烈天皇も実在しないと主張した。
津田説は、戦後ながらく通説として扱われて来たが、考古学の進歩などにより批判的に取り上げられる場合も多くなった。
生涯=
生い立ち
津田の生家。
移築して津 ……
津田左右吉が亡くなってから、62年と352日が経過しました。(22998日)