仁賢天皇(にんけんてんのう)
第24代天皇[日本]
(ユリウス暦) 0498年 9月9日 死去
仁賢天皇(にんけんてんのう、允恭天皇38年 - 仁賢天皇11年8月8日)は、日本の第24代天皇(在位:仁賢天皇元年1月5日 - 同11年8月8日)。
『日本書紀』での名は億計天皇。
諱は大脚あるいは大為。
略歴=
去来穂別天皇(履中天皇)の長子である市辺押磐皇子の第二子。
母は葛城蟻臣(ありのおみ)の女の荑媛(はえひめ)。
同母姉に飯豊女王、同母弟に弘計天皇(顕宗天皇)がいる。
安康天皇が暗殺されたあとの後継者争いで父が大泊瀬天皇(雄略天皇)に殺されたため、弟と共に身を隠す。
大泊瀬天皇が在位23年で崩御して子の白髪天皇(清寧天皇)が即位した際、弟と共に命がけで皇族であることを現して無事に皇子と認められ太子になった。
白髪天皇が在位5年で崩御した際、弟の弘計皇子に皇位を譲って太子のままでいた。
弘計天皇が即位3年で崩御すると即位。
皇子の小泊瀬稚鷦鷯尊を皇太子に定め、11年8月に崩御。
名=
億計天皇(おけのすめらみこと) - 『日本書紀』、和風諡号
大脚(おおし) - 『日本書紀』、諱
大為(おおす) - 『日本書紀』、諱
嶋郎(しまのいらつこ) - 『日本書紀』、字
大石尊(おおしのみこと) - 『日本書紀』、顕宗紀
嶋稚子(しまのわくご) - 『日本書紀』、顕宗紀
意富祁王(おおけのみこ) - 『古事記』
漢風諡号である「仁賢天皇」は、代々の天皇と同様、奈良時代に淡海三船によって撰進された。
事績=
安康天皇3年、天皇が暗殺された後に父の市辺 ……