織田秀信(おだひでのぶ)
戦国大名[日本]
(幼名・三法師、織田信忠 嫡男、慶長10年5月27日没)
1605年 7月13日 死去享年26歳
織田 秀信(おだ ひでのぶ)は、安土桃山時代から江戸時代にかけての武将、キリシタン大名。
織田信忠の嫡男、織田信長の嫡孫。
岐阜城主。
本能寺の変後、織田政権三代当主に据えられるが、織田家臣だった豊臣秀吉が台頭すると主従逆転し、その臣下となった。
豊臣政権下での官位は正三位権中納言に昇り、岐阜中納言とも呼ばれた。
関ヶ原の戦いで西軍に属したが岐阜城攻防戦に敗れ、戦後は改易の上高野山に配流され、間もなく生涯を終えた。
織田秀信が亡くなってから、421年と37日が経過しました。(153807日)



