近衛 忠熈(このえ ただひろ、旧字体: 近󠄁衞 忠熈)は、江戸時代後期から明治時代中期にかけての公卿。官位は従一位・左大臣・関白。贈正一位。勲一等。翠山と号す。左大臣を務めた近衛基前の長男として生まれ、近衛家の第27代当主となった。母は徳川宗睦の養女(松平勝当の娘)・静子。左大臣や関白などを歴任し、公武合体派として活動した。
近衛忠煕が亡くなってから、128年と42日が経過しました。(46794日)