河野洋平 氏(こうのようへい)
政治屋[日本]
2026年 6月8日 死去享年90歳

河野 洋平(こうの ようへい、1937年〈昭和12年〉1月15日 - 2026年〈令和8年〉6月8日)は、日本の政治家。
衆議院議長(第71・72代)、副総理(村山内閣・村山改造内閣)、外務大臣(第118・123-125代)、内閣官房長官(第55代)、科学技術庁長官(第39代)、原子力委員会委員長(第39代)、衆議院議員(14期)、自由民主党総裁(第16代)、新自由クラブ代表(初代・第3代)を歴任。
2003年(平成15年)から2009年(平成21年)まで日本憲政史上最長(当時)の期間にわたって衆議院議長を務めた。
自由民主党では初となる、総裁に就任したものの内閣総理大臣(首相)を経験できなかった人物である。
結党から2026年(令和8年)6月10日(水)現在までこの事例となった人物は河野と谷垣禎一の2名。
父は副総理兼国務大臣(東京五輪担当)、農林大臣、建設大臣、衆議院議員を務めた河野一郎、叔父は参議院議長を務めた河野謙三、衆議院議員の河野太郎は長男。
いわゆる従軍慰安婦について述べた「河野談話」を発表したことで知られる。
稲門体育会会長。
河野洋平さんが亡くなってから、2日が経ちました。