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小林一三(こばやしいちぞう)

実業家、阪急電鉄 創業者[日本]

1957年 1月25日 死去急性心臓性喘息享年85歳

 - ウィキペディアより引用

小林 一三(こばやし いちぞう、1873年1月3日 - 1957年1月25日)は、日本の実業家。
阪急電鉄をはじめとする阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)の創業者。
鉄道を中心とした都市開発(不動産事業)、流通事業(百貨店、スーパーなど)、観光事業などを一体的に進め相乗効果を上げる私鉄経営モデルの原型を独自に作り上げ、後に全国の大手私鉄や民営化したJRがこの小林一三モデルを採用し、日本の鉄道会社の経営手法に大きな影響を与えた。
これらの事業は後に阪急百貨店、宝塚歌劇団・東宝として阪急東宝グループを形成する。
その過程で六甲山麓の高級住宅地の開発、学校法人関西学院等の高等教育機関の誘致や温泉、遊園地、野球場など娯楽施設の整備を行い、日本最初の田園都市構想を実現した。
小林は私鉄経営での成功により明治期に開拓使官有物払下げ事件があったものの五代友厚など同じ関西の財界に携わった関西財界の雄と言われた。
また阪急東宝グループ以外にも東京電燈、日本軽金属の経営に参画して日本の財界でも重鎮となり、後に政界に進出する処となった。
政界では、第2次近衛内閣の商工大臣を務めて革新官僚の商工次官・岸信介と対立。
1941年から貴族院勅選議員、幣原内閣で国務大臣、初代戦災復興院総裁を歴任したが、戦後、公職追放となった。
趣味の茶人、美術蒐集家としても大を成した。
号は逸翁、別号に靄渓学人、靄渓山人。
旧邸雅俗山荘に ……

関連作品

小林一三が亡くなってから、64年と312日が経過しました。(23688日)