宝井馬琴 氏(たからいばきん)
講談師・六代目[日本]
2015年 9月25日 死去前立腺がん享年81歳
宝井 馬琴(たからい ばきん)は、講談師の名跡。
寶井 馬琴とも表記。
三代目までは東流斎。
現在は空き名跡。
初代東流斎馬琴(1801年 - 1857年10月6日) - 本名:吉田 常吉。
前身は江戸神田版木屋の倅とも、備前の浪人とも。
二代目森川馬谷の弟子で、曲亭馬琴に因んでこの名を名付けた。
軍談を柔らかく演じ江戸で女性に人気を取る。
晩年大坂に移り多くの弟子を育てた。
文才が優れ博識であった。
大坂で客死。
二代目は娘婿。
墓所は東京都台東区鳥越二丁目信入院、戒名は釈教道居士。
二代目東流斎馬琴 - 初代東流斎馬琴の娘婿で高弟。
最初は初代宝井琴調といい、通称「琴調馬琴」。
墓所は初代と同じ信入院。
三代目東流斎馬琴(1827年 - 1869年) - 二代目東流斎馬琴に入門し「調窓」、初代西尾麟慶、初代宝井琴凌を経て三代目東流斎馬琴を襲名。
実子の長男が四代目宝井馬琴、次男が二代目西尾麟慶。
力士伝を得意とした。
4代目=
本名:小金井 三次郎(こがねい さんじろう)、1853年2月4日(嘉永5年12月26日) - 1928年(昭和3年)12月27日。
享年76。
3代目は実の父。
12歳で初高座。
父死後初代西尾麟慶の門下で慶豊、小麟慶、調窓を経て1899年(明治32年)に父の名である2代目琴凌から襲名し真打。
記憶力、知識で軍談・文芸物の名手で名物男、渾名(あだな)を「雪降りのチンコロ」。
真打昇進間もない頃の様子を夏目漱石の「硝子戸の中」の中でも ……
宝井馬琴さんが亡くなってから、9年と74日が経ちました。(3361日)