榊原忠次(さかきばらただつぐ)
上野館林藩・播磨姫路藩 藩主[日本]
(寛文5年3月29日没)
1665年 5月14日 死去享年61歳
榊原 忠次(さかきばら ただつぐ)または大須賀 忠次(おおすか ただつぐ)は、江戸時代前期の譜代大名、大政参与。
はじめ大須賀家を継ぎ、後に榊原家を継いだ。
遠江横須賀藩主、上野館林藩主、陸奥白河藩主、播磨姫路藩主。
榊原家3代当主。
歌学にも通じ、正保3年(1646年)に歌論書『勅撰作者部類』の続編『続作者部類』を著した。
榊原忠次が亡くなってから、361年と173日が経過しました。(132028日)