土橋正幸 氏(どばしまさゆき)
元プロ野球選手、監督[日本]
2013年 8月24日 死去享年79歳
土橋 正幸(どばし まさゆき、1935年12月5日 - 2013年8月24日)は、東京都台東区出身のプロ野球選手(投手)・コーチ・監督、解説者。
軟式野球から硬式野球に転向した異色の経歴ながら、昭和30年代(1950年代後半~1960年代前半)に東映で主力投手として活躍。
現役引退後は東映→日拓→日本ハム、ヤクルトでコーチ・監督を歴任した。
江戸っ子風の頑固親父的な独特のキャラクターで、野球解説者としても人気を博した。
経歴=
少年時代=
浅草・雷門の生まれで、実家は鮮魚店だった。
戦時中は千葉の幕張に疎開していたが戦後、東京に戻った中学生の時に水泳部に所属する傍ら野球と出会い、草野球チームの雷門サンダースに所属していた。
都立日本橋高校を卒業後、家業の魚屋で働く傍ら浅草にあったストリップ劇場「フランス座」(現在は「浅草フランス座演芸場東洋館」に改称)が保有していた軟式野球チームに所属していた。
当初は捕手であったが、のちに投手に転向し、作家の井上ひさしともバッテリーを組んでいた。
当時のフランス座は、鶴田浩二率いる鶴田ヤンガースと張り合ったチームで、読売新聞が主催する23区の軟式野球大会に出場すると、台東区の予選で優勝。
後楽園球場で行われた本選では、第一戦で前年度優勝チームの府中刑務所を破った。
1954年秋に東映フライヤーズの入団テストを受ける友人に付いて行ったところ、土橋が合格し入団することになった。
土橋は、家 ……
土橋正幸さんが亡くなってから、11年と89日が経ちました。(4107日)