新井白石(あらいはくせき)
旗本、政治家、学者[日本]
(享保10年5月19日没)
1725年 6月29日 死去享年69歳
新井 白石(あらい はくせき)は、江戸時代中期の旗本・政治家・朱子学者。
学問は朱子学、歴史学、地理学、言語学、文学と多岐に亘る。
また詩人で多くの漢詩が伝わる。
白石は号で、初め諱は璵(よ)、後に君美(きみよし、きんみ)。
ポータル 文学甲府徳川家藩主徳川綱豊(後の6代将軍・徳川家宣)に仕官抜擢され、将軍就任に伴い、徳川家旗本となり、無役でありながら侍講として御側御用人・間部詮房とともに幕政を実質的に主導し、正徳の治と呼ばれる一時代をもたらす一翼を担った。
家宣の死後も幼君の7代将軍・徳川家継を間部とともに守り立てたが、政権の蚊帳の外におかれた譜代大名と次第に軋轢を生じ、家継が夭折して8代将軍に徳川吉宗が就くと失脚し引退、晩年は著述活動に勤しんだ。
新井白石が亡くなってから、300年と313日が経過しました。(109888日)



