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上杉鷹山(うえすぎようざん)

米沢藩藩主[日本]

(文政5年3月11日没)

1822年 4月2日 死去享年72歳

 - ウィキペディアより引用

上杉 鷹山(うえすぎ ようざん) / 上杉 治憲(うえすぎ はるのり、1751年9月9日 - 1822年4月2日)は、江戸時代中期の大名で、出羽国米沢藩の第9代藩主。
領地返上寸前の米沢藩再生のきっかけを作り、江戸時代屈指の名君として知られている。
諱は初め勝興、後に治憲であるが、藩主隠居後の号である鷹山の方が著名である。
家系 日向高鍋藩主・秋月種美の次男で、母は筑前秋月藩主・黒田長貞の娘・春姫。
母方の祖母の豊姫が米沢藩第4代藩主・上杉綱憲の娘である。
このことが縁で、10歳で米沢藩の第8代藩主・重定(綱憲の長男・吉憲の四男で、春姫の従兄弟にあたる)の養子となる。
兄弟のうち、兄の秋月種茂は高鍋藩主を継いだ。
弟のうちで他に大名となった者に人吉藩主・相良晃長がおり、治憲と同様に幼くして相良家に養子に入ったものの、早世した。
正室は重定の娘・幸姫(又従妹にあたる)。
側室のお豊の方(綱憲の六男・勝延の娘で、重定や春姫の従妹にあたる)との間に長男・顕孝(第10代藩主・治広の世子)と次男・寛之助(満1歳半(数え2歳)で夭折)の2人の子がいる。

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