近衛信尹(このえのぶただ)
公家、関白[日本]
(「寛永の三筆」、慶長19年11月25日没)
1614年 12月25日 死去享年50歳
近衛 信尹(このえ のぶただ、旧字体: 近󠄁衞 信尹)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての公卿。
太政大臣・近衛前久の子。
官位は従一位・関白、准三宮、左大臣。
近衛家18代当主。
号は三藐院(さんみゃくいん)。
本阿弥光悦・松花堂昭乗とともに「寛永の三筆」とよばれる。
初名に信基(のぶもと)、信輔(のぶすけ)。
近衛信尹が亡くなってから、411年と129日が経過しました。(150247日)



