金子みすゞ(かねこみすず)
童謡詩人[日本]
1930年 3月10日 死去服毒自殺享年26歳
金子 みすゞ(かねこ みすず、本名:金子 テル〈かねこ テル〉、1903年〈明治36年〉4月11日 - 1930年〈昭和5年〉3月10日)は、大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した日本の童謡詩人。
約500編の詩を遺した。
没後半世紀はほぼ忘却されていたが、1980年代以降に脚光を浴び、再評価が進んだ。
西條八十に激賞された幻の童謡詩人とされている。
遺稿集が発掘され、出版(1984年)、深く優しい世界観が広く知られた。
代表作に「私と小鳥と鈴と」「大漁」など。
生涯=
山口県大津郡仙崎村(現:長門市仙崎)で、父・金子庄之助、母・ミチとの間に生まれる。
郡立深川高等女学校(現:山口県立大津緑洋高等学校)卒業。
父は、みすゞの叔母(母の妹)の嫁ぎ先である上山家が下関で営む書店兼文房具店「上山文英堂」の清国の営口支店長だったが、1906年(明治39年)2月10日、みすゞが3歳のときに清国で不慮の死を遂げる。
実弟は文藝春秋社の編集者や喜劇王・古川ロッパの脚本家などとして活躍し、子役の名門であった劇団若草の創始者である上山雅輔(本名:上山正祐)であるが、幼くして上山家に養子に出されている。
父の死後、母・祖母・兄とみすゞは仙崎ただ一つの本屋である「金子文英堂」を営んだ。
みすゞは読書家で成績優秀、大津高等女学校を総代で卒業するほどだったが、教師の「卒業後は奈良女子高等師範へ進学し、教師になったら」という勧めを断ってのことだったとい ……
金子みすゞが亡くなってから、96年と0日が経過しました。(35064日)



