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細川高国(ほそかわたかくに)

守護大名、管領[日本]

(享禄4年6月8日没)

(ユリウス暦) 1531年 7月21日 死去自害享年48歳

 - ウィキペディアより引用

細川 高国(ほそかわ たかくに)は、戦国時代の武将、大名。
室町幕府31代管領。
摂津国・丹波国・山城国・讃岐国・土佐国守護。
細川京兆家15代当主。
細川氏一門・野州家の細川政春の子に生まれ、細川氏嫡流(京兆家)当主で管領の細川政元の養子となった。
室町幕府11代将軍足利義高(のちの義澄)より偏諱(「高」の字)を与えられ、高国と名乗った。
弟に晴国(高国の実子とも)、通政(輝政)。
実子に稙国ほか、養子に氏綱がいる。
養父政元が暗殺された後の混乱(永正の錯乱)を経て、同じく政元の養子であった阿波守護家出身の細川澄元を結果的に排除し、京兆家の家督を手中にした。
澄元とは両細川の乱と呼ばれる抗争を長期にわたって継続したが、管領として幕政の掌握を続けた。
ところが、細川氏の権力構造の基礎である「内衆」とよばれる分国の重臣達が、京兆家の抗争に伴って各々対立し疲弊した。
外様である大内氏を頼ったが、大内勢の帰国後は支持基盤を構築できず、最終的には澄元の嫡男・晴元に敗れて自害に追い込まれた。

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