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伊藤野枝(いとうのえ)

作家、無政府主義者[日本]

1923年 9月16日 死去享年29歳

 - ウィキペディアより引用

伊藤 野枝(いとう のえ、1895年〈明治28年〉1月21日 - 1923年〈大正12年〉9月16日)は、日本の婦人解放運動家、無政府主義者、作家、翻訳家、編集者。
戸籍名では伊藤ノヱ。
雑誌『青鞜』を平塚らいてうから奪ったものの、受け継いだ編集を大杉栄に夢中になり、放棄して休刊させた。
婚約から逃亡後に家に転がり込むのを受け入れてくれた女学校の恩師である夫辻潤と1915年に結婚したものの、1916年2月の21歳の時に、夫と子供らを捨てて大杉栄との不倫に走った。
大杉の妻、もう一人の愛人神近市子と大杉栄を巡る四角関係で勝利していたものの、同年9月に大杉が神近に刺殺未遂される日蔭茶屋事件が起きた。
そのため、乱れた男関係が周囲発覚し、大杉と共に他の活動家からも批判されて二人は孤立した。
周囲からの「淫乱女」「悪魔」呼ばわりされていたことから大杉との長女に魔子と命名した。
不倫を堂々と行い、結婚制度を否定する論文を書き、人工妊娠中絶(堕胎)賛成、売買春禁止(廃娼運動)、不倫が認められない貞操批判など今日でも議論になる課題を題材とし、多くの評論、小説や翻訳を発表した。
しかし、未明に起きた甘粕事件で甘粕正彦憲兵大尉らにより大杉らとともに殺害された。

関連作品

伊藤野枝が亡くなってから、98年と131日が経過しました。(35926日)