鈴木善幸 氏(すずきぜんこう)
政治家、第70代内閣総理大臣[日本]
2004年 7月19日 死去肺炎享年94歳
鈴木 善幸(すずき ぜんこう、1911年〈明治44年〉1月11日 - 2004年〈平成16年〉7月19日)は、日本の政治家。
位階は正二位。
勲等は大勲位。
郵政大臣(第15代)、内閣官房長官(第26代)、厚生大臣(第42代)、自由民主党総務会長(第15・17・23代)、農林大臣(第48代)、自由民主党総裁(第10代)、内閣総理大臣(第70代)などを歴任した。
生涯=
前半生=
岩手県下閉伊郡山田町で、アワビ、スルメ漁、水産加工業を営む網元の家に生まれた。
鈴木家は屋号「黒米屋」と呼ばれる米屋も兼ねていた。
父の善五郎は日露戦争に従軍した際の戦傷で漁に出られなくなったこともあり、男手の無かった妻・ヒサの実家の商売を切り盛りしていた。
岩手県立水産学校を経て水産講習所(元・東京水産大学 現・東京海洋大学)に入学。
肋膜炎を患い1年休学し実家での療養中に昭和三陸地震津波に遭遇し、地元における被害の大きさを目の当たりにしたことが、後に政治家を志すきっかけとなる。
学生時代に弁論大会で網元制度の前近代性に疑問を投げかける主張を行ったことがあり、就職時に思想傾向を理由に不採用になったこともある(共産主義思想とみなされた)。
水産講習所卒業後、日本水産界の総帥と言われた大日本水産会会長の伊谷以知二郎の秘書となり、全国漁業組合連合会、岩手県漁業組合連合会に勤務したのち、中央水産業会企画部次長を務めた。
太平洋戦争中の1944年(昭和19年)には秋田県の ……
鈴木善幸さんが亡くなってから、20年と125日が経ちました。(7430日)