太田 資正(おおた すけまさ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。太田資頼の子。武蔵国岩槻(岩付)城(現在の埼玉県さいたま市岩槻区)主、のち常陸国片野城主(現在の茨城県石岡市根小屋)。
太田資正が亡くなってから、434年と189日が経過しました。(158708日)