蒋経国 氏
政治家、中華民国総統[台湾]
1988年 1月13日 死去糖尿病に起因する臓器疾患享年78歳
モスクワ中山大学では講師のほとんどが中国語ができなかったため、中国語通訳付きでロシア語、ないしは英語で授業が進められた。
科目はロシア語の他、史的唯物論、資本論、レーニン主義などのマルクス主義社会科学、党の組織論、そして革命運動論が討論重視の授業形式の中で講義され、孫文を記念し、国共合作を象徴する大学であったにもかかわらず、三民主義の講義などはなかった。
モスクワ中山大学では留学直後に各学生にロシア名が与えられた。
蔣経国はニコライ・ウラジーミロヴィチ・エリザロフ(Николай Владимирович Елизаров)という名が与えられ、「同志ニコラ」と呼ばれるようになった。
大学開校直後、国民党系の学生と共産党系の学生との間で、衝突が起こった。
学内で一部の国民党系の学生の素行が悪いと、反感を買ったのである。
蔣経国は、共産党系の学生たちの方が、品性に優れていると感じ、入学直後の12月には中国共産主義青年団に加入し、共青団ではモスクワ中山大学クラブの書記や副主席などを歴任した。
この時、蒋経国が所属する共青団の班の班長だった鄧小平と知り合いとなった。
国民党幹部の子弟たちの多くが裕福な家庭の出身であり、どうしても自由奔放に振る舞いがちであったが、その中で蔣経国は、マルクス主義の学習に真摯に取り組んでいた。
しかし、モスクワで勉学に励む蔣経国に、まもなく恋が芽生えることになる。
1926 ……
蒋経国さんが亡くなってから、38年と121日が経ちました。(14001日)



