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赤塚不二夫 氏(あかつかふじお)

漫画[日本]

2008年 8月2日 死去肺炎享年74歳

赤塚不二夫 - ウィキペディアより引用

赤塚 不二夫(あかつか ふじお、本名:赤塚 藤雄(読み同じ)、1935年〈昭和10年〉9月14日 - 2008年〈平成20年〉8月2日)は、日本の漫画家、タレント、俳優。
満洲国熱河省出身。
フジオ・プロダクション創設者。
概要= 小学生の時に読んだ手塚治虫の『ロスト・ワールド』に影響を受け、漫画家を志す。
上京後は東京で工員などをしながら漫画修業に励み、つげ義春の推薦で曙出版から上梓した貸本漫画『嵐をこえて』で1956年(昭和31年)にデビュー。
その後、赤塚よりも3歳年下の石森章太郎を慕い、トキワ荘に入居。
以後、作品発表の舞台を漫画雑誌に移し、1962年に『おそ松くん』『ひみつのアッコちゃん』の大ヒットで一躍人気作家となる。
1967年(昭和42年)に代表作である『天才バカボン』の爆発的ヒットと、その後の『もーれつア太郎』『レッツラゴン』『ギャグゲリラ』といった一連のヒット作や長期連載作品等により「ギャグ漫画の王様」 と謳われ、戦後ギャグ漫画史の礎を築いた。
生涯= 生い立ち= 4~5歳の頃の赤塚不二夫(父の藤七・母のリヨと) 当時の中満国境地帯 父の藤七は北京(北平)より東北に位置する当時中満国境であった万里の長城上の要害関門町・古北口で任務についており藤雄もそこで出生した 1935年(昭和10年)9月14日、満洲国熱河省灤平県古北口古城裡に赤塚藤七と妻リヨの長男として生まれる。
古北口は中国内地である河北省と満洲・熱河省との境界であった万里 ……

赤塚不二夫さんが亡くなってから、16年と103日が経ちました。(5947日)

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