榊原鍵吉(さかきばらけんきち)
幕臣、剣客[日本]
1894年 9月11日 死去脚気衝心享年65歳
榊原 鍵吉(さかきばら けんきち、文政13年11月5日(1830年12月19日) - 明治27年(1894年)9月11日)は、江戸幕府幕臣、剣術家。
諱は友善(ともよし)。
幕末期に男谷信友から直心影流男谷派剣術を継承し、講武所剣術師範役、遊撃隊頭取を務める。
明治維新後は撃剣興行を主宰して困窮した士族を救済したことや、天覧兜割りの成功などで知られ、「最後の剣客」と呼ばれる。
稽古で長さ六尺(180cm)、重さ三貫(11kg)の振り棒を2000回も振ったといわれ、腕周りは55cmあったという。
弟子に山田次郎吉や大東流合気柔術の実質的な創始者である武田惣角らがいる。
榊原鍵吉が亡くなってから、131年と229日が経過しました。(48077日)
