古賀精里(こがせいり)
儒学者[日本]
(文化14年5月3日没)
1817年 6月17日 死去享年68歳
古賀 精里(こが せいり、寛延3年10月20日(1750年11月18日) - 文化14年5月3日(1817年6月17日))は、江戸時代中期〜後期の儒学者。
名は弥助、姓は狛、氏は古賀。
幼名は文太郎、諱は樸(すなお)、字は淳風。
号は、はじめ訥斎、後に精里。
「寛政の三博士」「寛政の三助」と称された。
子に穀堂、侗庵、孫に謹一郎(茶渓)が居る。
古賀精里が亡くなってから、208年と300日が経過しました。(76272日)



