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東海林太郎 氏(しょうじたろう)

歌手[日本]

1972年 10月4日 死去脳内出血享年75歳

 - ウィキペディアより引用

東海林 太郎(しょうじ たろう、1898年(明治31年)12月11日 - 1972年(昭和47年)10月4日)は、日本の歌手。
ロイド眼鏡・燕尾服を着用し直立不動の姿勢で歌うという特徴があった。
1965年、紫綬褒章受章。
秋田県秋田市台所町二番地に生まれた。
1908年、父大象が秋田県庁を辞職。
南満州鉄道株式会社に入社。
両親は満州へ。
東海林は祖母カツの下で生活する。
秋田中学時代にヴァイオリンに魅せられ、満州にいる父に懇願するが逆鱗にふれ断念。
秋田県立秋田中学校(現:秋田県立秋田高等学校)を卒業。
東京に上京し国民英学校に学び、早稲田大学商学部予科に入学する。
卒業間際に庄司久子と結婚した。
佐野学に研究科でマルクス経済学を学ぶ。
研究科修了後、1923年9月南満州鉄道株式会社に入社、庶務部調査課に勤務。
「満州に於ける産業組合」を脱稿するが、あまりにも左翼的ということにより、1927年鉄嶺の図書館に左遷される。
音楽の夢が捨てきれず、満鉄には7年間勤務したが、その後、退社して帰国。
弟三郎と早稲田鶴巻町で中華料理店を経営。
流行歌手に 声楽を下八川圭祐に師事し、音楽コンクールの声楽部門で「我恨まず」(シューマン)「仮面舞踏会」からのアリア「レナートの詠唱」を独唱し入賞した。

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