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林柳波(はやしりゅうは)

詩人[日本]

1974年 3月27日 死去享年83歳

林 柳波(はやし りゅうは、1892年(明治25年)3月18日 - 1974年(昭和49年)3月27日)は、日本の童謡作詞家、詩人、薬剤師。
兄は陸軍獣医少将の林里二。
人物= 林柳波は1892年(明治25年)、群馬県沼田市に農家の三男として生まれた。
本名は林照壽(てるとし)。
一時、柴田姓を名乗ったこともある。
早くから雑誌へ童謡詩の投稿を行う文学少年だった。
13歳のとき、兄を頼って上京。
1910年(明治43年)明治薬学校(現・明治薬科大学)を卒業。
同年薬剤師の国家試験に合格すると、やがて明治薬学校の講師となった。
他方、1911年(明治44年)から東京本郷で薬局を開業。
1916年(大正5年)に最初の結婚をしたが、翌年死別した。
また、健康上の理由をきっかけに宗教・哲学にも興味を持ち、神霊万能を説く「健全哲学 (哲理療法)」の普及活動を行ったこともあった。
1919年(大正8年)1月13日、9つ年上の未亡人、日向(ひなた)きむ子と再婚。
きむ子は大正3美人の1人として名高く、代議士日向輝武の妻で、社交界の花形だった。
きむ子はその美貌を看板に化粧品の製造・販売も行っており、柳波は薬剤師として化粧品の改良に助言を行うことなどで、きむ子との繋がりを強めたと思われる。
きむ子は夫輝武との間に既に6人の子があったが、輝武は疑獄事件(大浦事件)に巻き込まれ、1918年(大正7年)5月28日、狂死。
夫の死から1年も経たぬうちの再婚は、夫の死で世間の同情を集めてい ……

林柳波が亡くなってから、50年と239日が経過しました。(18502日)