青山 忠俊(あおやま ただとし)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将。徳川幕府譜代大名。常陸国江戸崎藩の第2代藩主、武蔵国岩槻藩主、上総国大多喜藩主。青山家宗家10代。官位は従五位下・伯耆守。徳川家光へのたびたびの諫言のため改易となる。
青山忠俊が亡くなってから、382年と353日が経過しました。(139879日)