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竹内浩三(たけうちこうぞう)

詩人[日本]

1945年 4月9日 死去戦死享年25歳

竹内 浩三(たけうち こうぞう、1921年(大正10年)5月12日 - 1945年(昭和20年)4月9日)は、日本の詩人。
三重県宇治山田市(現在の伊勢市)生まれ。
宇治山田市吹上町に生まれた。
宇治山田中学校在学中より友人と回覧雑誌を製作。
1940年(昭和15年)日本大学専門部映画科入学。
1942年、宇治山田中学校時代の友人中井利亮・野村一雄・土屋陽一と同人誌『伊勢文学』を創刊。
同年、日本大学を卒業、入営。
1945年4月、フィリピンにて戦死(厳密には生死不明)。
入営中に記された日記(筑波日記)などに書き残された詩は、青年のみずみずしい感情を歌っている。
「骨のうたう」は、1942年8月3日の日付が書かれているが、1948年に中井利亮編『伊勢文学』第8号に「遺稿」として原型が掲載され、1956年中井利亮編『愚の旗―竹内浩三作品集』刊行に際して現在知られている形になった。

21年5月、現在の三重県伊勢市生まれ。小津安二郎にあこがれ、映画監督をめざして40年に日大専門部映画科に入学。だが、41年の日米開戦で翌42年に繰り上げ卒業し、同時に津市にあった陸軍の部隊に入営した。筑波の部隊には43年に配属された。「骨のうたう」など多くの詩や小説は同人誌「伊勢文学」を創刊した42年ごろまでに残したが、脚光を浴びたのは死後。45年4月、フィリピンで戦死。23歳だった。 (2012-08-14朝日新聞朝刊茨城1地方) (引用元 コトバンク)

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