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野尻抱影(のじりほうえい)

文学者、天文民俗学者[日本]

1977年 10月30日 死去享年93歳

野尻抱影 - ウィキペディアより引用

野尻 抱影(のじり ほうえい、本名・正英(まさふさ)、1885年〈明治18年〉11月15日 - 1977年〈昭和52年〉10月30日)は、日本の英文学者・随筆家・天文民俗学者。
早稲田大学文学部英文学科卒業。
準惑星である冥王星の和訳命名者。
古今東西の星座・星名を調べ上げたことから「和製アレン」とでも言うべき存在でもあった。
とくに、星の和名の収集研究で知られる。
日本各地の科学館やプラネタリウムで行われる、星座とその伝説の解説には、野尻の著作が引用されることが多い。
若くして文学に興味を持ち、小泉八雲に傾倒した。
星の和名の収集を始めたのは40歳を過ぎてからであった。
「抱影」という雅号は、早稲田大学文学部在学中、文芸誌「白百合」に作品を掲載するにあたり前田林外が金剛経の一節「夢幻泡影」から考案し、岩野泡鳴、相馬御風と相談して決めたものである。
経歴= 1885年(明治18年)11月、神奈川県横浜市に生まれる。
1897年(明治30年)、神奈川県立第一中学校に入学。
1902年(明治35年)、早稲田大学文学部英文科に入学し、東京で下宿生活を始める。
同級生に相馬御風、会津八一など。
1904年(明治37年)に早稲田大学にて小泉八雲の講義を受ける。
若い頃彼は、英語の怪談、幽霊、心霊に関する書籍の翻訳もし出版。
生活費を稼いだ。
1906年(明治39年)、早稲田大学を卒業し、翌年、山梨県甲府市の山梨県立甲府中学校(現・山梨県立甲府第一高等学校) ……

野尻抱影が亡くなってから、47年と35日が経過しました。(17202日)