町井久之 氏(まちいひさゆき)
ヤクザ、東声会会長[韓国]
(本名・鄭建永)
2002年 9月18日 死去心不全享年80歳
町井 久之(まちい ひさゆき)こと鄭 建永〈チョン・ゴニョン、정건영〉、1923年 - 2002年9月14日)は、在日韓国人の実業家。
暴力団・東声会設立者。
東亜相互企業株式会社社長。
釜関フェリー株式会社会長。
在日本大韓民国民団中央本部顧問。
来歴=
若年期=
1923年(大正12年)、東京生まれ。
1945年(昭和20年)の終戦直後、朝鮮建国青年同盟東京本部副委員長となった。
町井はこの頃から、事件屋の「中央商会」、興行会社の「中央興行社」を設立した。
これは当時、GHQの調達のために発行されるPD(現在の小切手に近い)を満期以前に現金化するのは日本籍では不可能であった為であり、交換窓口に近い新橋には同様の会社が多数作られ、彼等により民間へ流れた闇ドルは莫大な利益を生み出した。
これらの会社をベースに、愚連隊・町井一家(関東町井一家)が形成された。
東声会設立=
曺寧柱と出逢った事が契機となり、「大アジア主義」の思想を信奉する様になった町井は、1947年(昭和22年)に東京・銀座で町井一家を母体として「東洋の声に耳を傾ける」と云う理念のもとに東声会を結成した。
これは在日朝鮮人連盟(現・朝鮮総連)を牽制する狙いがあったとされる。
なお、大韓民国建国後に韓国国籍を取得したが日本に住み続けた。
その後の東声会は、東京のみならず横浜、藤沢、平塚、千葉、川口、高崎などに支部を置いた。
構成員は1,600人となったが、急速な勢力拡大によ ……
町井久之さんが亡くなってから、22年と64日が経ちました。(8100日)