森比左志 氏(もりひさし)
児童文学作家、翻訳家[日本]
(別名義・もりひさし、本名・森久保仙太郎)
2018年 11月9日 死去心筋梗塞享年102歳
森 比左志(もり ひさし、1917年10月2日 - 2018年11月9日)は、日本の児童文学作家、翻訳家、教育評論家。
もりひさし、もりひさ志、本名の森久保 仙太郎(もりくぼ せんたろう)名義を用いることもある。
来歴=
神奈川県津久井郡(現・相模原市緑区)出身。
鎌倉師範学校(後の横浜国立大学教育学部)卒業。
1940年、北原白秋門下の歌人・筏井嘉一の歌集『荒栲』に感銘を受け、筏井主宰の歌誌『蒼生』に入会。
歌人として作家活動を始める。
1950年、宮柊二が呼びかけ、岡部桂一郎、金子一秋、葛原繁、三木アヤ、伊藤麟、片山貞美、草柳繁一、杉本二木雄、深作光貞、山崎方代といった歌人たちが集った「泥の会」に参加。
1968年まで和光小学校教諭を務める。
教師生活のかたわら外国の児童文学や絵本の翻訳を行い、エリック・カール『はらぺこあおむし』(など著名な作品を多数手がけた。
『はらぺこあおむし』がとりわけ有名であるが、最も翻訳点数が多いのはガブリエル・バンサンで、『こぐまちゃん』シリーズの企画立ち上げと、こぐま社の設立に参画した。
小学校教諭時代は漫画の教育効果に注目し、1959年の『少年マガジン』創刊時に、梅根悟、海後宗臣、木下一雄、辰見敏夫、古川清行らとともに編集賛助員として関わった。
また、東京放送のラジオ番組『ちえのわクラブ』の司会者も務めた。
1971年に師の筏井が没した後、歌誌『創生』(『蒼生』から戦後に改名)の発行人 ……
森比左志さんが亡くなってから、6年と31日が経ちました。(2223日)