マリオ・バーヴァ 氏Mario Bava
映画監督[イタリア]
1980年 4月27日 死去享年67歳
マリオ・バーヴァ(またはバーバ、Mario Bava、1914年7月31日 - 1980年4月27日)は、イタリアの映画監督、撮影監督。
イタリア・ホラー映画黄金時代を築いた1人として知られている。
生涯=
マリオ・バーヴァはリグーリア州サンレーモ(サンレモ)で生まれた。
父親のエウゲニオは彫刻家で、イタリア無声映画期の特殊効果撮影のパイオニアで、後にはカメラマンにもなった。
最初バーヴァは画家になろうとしたが、絵で生計を立てていくことが出来ず、父親と同じ映画業界に入った。
マッシモ・テルツァーノら撮影監督の助手となり、同時にムッソリーニの映画製作所、ルーチェ研究所の特殊効果部長をしていた父親の仕事を手伝った。
1939年、バーヴァは撮影監督として独立し、ロベルト・ロッセリーニの2本の短編映画を撮った。
1940年代初期には長編映画も担当した
1960年、バーヴァはイタリア・ゴシック・ホラー映画『血ぬられた墓標』を監督した。
この映画はバーバラ・スティールを一躍スターにしたばかりでなく、白黒フィルムの光と影の使い方で高い評価を受けた。
続く『ブラック・サバス 恐怖!三つの顔』(1963年)、『白い肌に狂う鞭』(1963年)ではカラー映画での評価を得た。
バーヴァ作品は後の映画に大きな影響を与えた。
たとえば、『知りすぎた少女』(1963年)はイタリア・ジャッロ映画の最初の1本と呼ばれ、SFホラー『バンパイアの惑星(恐怖の怪奇惑星)』(1965年)は『エイ ……
マリオ・バーヴァが亡くなってから、44年と208日が経過しました。(16279日)