秋元 興朝(あきもと おきとも、安政4年5月4日(1857年5月26日) - 1917年(大正6年)4月23日)は、明治時代から大正時代の華族、外交官。極位は正三位。号は蔚堂。先妻は南部利剛の娘宗子。後妻は山内豊信の娘の八重子。
秋元興朝が亡くなってから、105年と342日が経過しました。(38693日)