中島尚俊 氏(なかじまなおとし)
JR北海道社長[日本]
2011年 9月12日 死去自殺享年64歳
中島 尚俊(なかじま なおとし、1947年(昭和22年)2月11日 - 2011年(平成23年)9月中旬)は、日本の会社役員で北海道旅客鉄道(JR北海道)の元代表取締役社長。
人物=
北海道旭川市の旭川鉄道管理局職員の家に生まれる。
1969年(昭和44年)に東京大学経済学部を卒業し、日本国有鉄道(国鉄)に入社した。
20人の同期の中には石原進や小池明夫がいた。
入社後は営業職を中心に勤務。
1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化によりJR北海道に転籍、同社の鉄道事業本部営業部長を経て、1994年(平成6年)に取締役、1998年(平成10年)常務取締役旅行本部長、2003年(平成15年)6月に 代表取締役専務鉄道事業本部営業推進本部長、2007年(平成19年)6月に代表取締役社長に就任。
社長時代には後に同社の社長となる島田修専務(当時)と共に、最大組合である北海道旅客鉄道労働組合(JR北海道労組)との深刻な労使癒着を改めるべく労政改革を推進し、一定の成果を上げた。
2011年(平成23年)9月12日、遺書を残し同日朝から行方不明であることをJR北海道が発表。
午後には石狩市内の海岸で本人の自家用車が発見される。
同年9月18日早朝、釣り人が北海道小樽市・オタモイ海岸の沖合約1キロの海上で遺体を発見し、小樽海上保安部(第一管区海上保安本部所属)の巡視艇が収容した。
北海道警の検視の結果、指紋などから遺体が本人であると確認された。
その後、遺書のうち社員宛てのものが公表された。
故中島尚俊氏(JR北海道社長)のお別れ会 10月28日午後1時から札幌市中央区北5条西7の2の1の京王プラザホテル札幌で。(2011/09/30-19:45)
中島尚俊さんが亡くなってから、13年と71日が経ちました。(4819日)