ザイン・アル=アービディーン・ベン・アリー 氏Zine El Abidine Ben Ali
政治家、元大統領、元首相[チュニジア]
(「アラブの春」の発端となった民主化運動で退陣に追い込まれ、サウジアラビアに亡命。)
2019年 9月19日 死去享年84歳
ザイン・アル=アービディーン・ベン・アリー(アラビア語: زين العابدين بن علي Zayn al-‘Ābidīn bin ‘Alī 1936年9月3日 - 2019年9月19日)は、チュニジア共和国の政治家、軍人。
大将。
1987年より23年以上にわたって同国第2代大統領を務めたが、アラブの春の発端となるジャスミン革命が起きた2011年にサウジアラビアへ亡命、政権は事実上崩壊した。
日本語ではジン・アビディン・ベンアリの表記も見られる。
1996年7月に来日。
2011年1月14日、ジャスミン革命の後、彼は妻のレイラ・ベン・アリ、そして3人の子供と共にサウジアラビアに逃亡した。
チュニジアの暫定政府は、インターポールに国際逮捕状を発行するよう要請し、マネーロンダリングと麻薬密売で彼を起訴した。
チュニジア裁判所は、2011年 6月20日に、競売にかけられた現金と宝石の窃盗と不法所持の罪で、ベンアリと彼の妻に欠席裁判で35年の禁固刑を宣告。
2013年4月には、暴力と殺人を扇動したとして終身刑が、またスファックスでの抗議活動を暴力的に抑圧したとして軍事法廷で終身刑が言い渡された。
彼はこれらの判決のいずれにも服役せず、その後、10年近く亡命した後、2019年9月19日にサウジアラビアのジッダで83歳で亡くなった。
概要=
権威主義、腐敗、そして極端なネオリベラルな経済政策を敷いた一人としてチュニジアの独裁者として君臨し続けた一方、経済自由主義による安定的な成長と投資促進、冷戦・新冷戦 ……
ザイン・アル=アービディーン・ベン・アリーさんが亡くなってから、5年と64日が経ちました。(1890日)