大西巨人 氏(おおにしきょじん)
作家[日本]
2014年 3月12日 死去肺炎享年99歳
大西 巨人(おおにし きょじん、1916年(大正5年)8月20日 - 2014年(平成26年)3月12日)日本の小説家・評論家。
本名は同じく「巨人」と書いて「のりと」。
マルクス主義の立場を堅持し、唯物論的観点から個人の尊厳を創作で追究した。
小説・批評のいずれにおいても、常に主体を明確にした、論理性を重んじる文体を用いた。
戦後、「近代文学」などに小説・評論を発表。
戦後文学・思想の方向性を巡る論争で積極的に発言する。
1955年から25年間書き継いだ『神聖喜劇』のほか、『五里霧』(1997年)、『迷宮』(2004年)など。
人物=
福岡県福岡市出身。
旧制福岡中学校(現・福岡県立福岡高等学校)、旧制福岡高等学校卒業、九州帝国大学法文学部中退。
中退理由は日中戦争の反戦運動に加わり、除籍処分となったためである。
大阪毎日新聞(現・毎日新聞)西部本社勤務を経て、1942年、対馬要塞重砲兵聯隊入隊。
1946年、福岡高校の同級生であった宮崎宣久とともに綜合雑誌『文化展望』(三帆書房)を創刊し、編集に就く。
『文化展望』に執筆した時評文が注目され、『近代文学』同人となる。
1952年に上京し、新日本文学会常任中央委員に就く。
会再編の方法と野間宏『真空地帯』を論じた「俗情との結託」での作品評価をめぐって宮本顕治と論争する。
1955年2月28日、『神聖喜劇』の稿を起こす。
「軍隊を通して戦争時代一般戦争下人間一般を独自的に表現しようと考え出した」と ……
大西巨人さんが亡くなってから、10年と254日が経ちました。(3907日)