中村昌枝 氏(なかむらまさえ)
元バレーボール選手[日本]
(東京五輪金、「東洋の魔女」主将)
2013年 10月3日 死去脳出血享年81歳
1964年東京五輪の女子バレーボールで金メダルを獲得し、「東洋の魔女」と呼ばれた全日本チームの主将、中村昌枝(なかむら・まさえ、旧姓河西=かさい)さんが3日午前0時30分、脳出血のため、都内の病院で死去した。80歳だった。葬儀は近親者のみで行う。 山梨県南湖村(現南アルプス市)出身。中学でバレーを始め、山梨・巨摩高から52年、日紡足利工場に就職。ニチボー貝塚バレー部創設に伴って異動し、大松博文監督の猛練習に耐えて選手たちをまとめた。 6人制移行後の62年世界選手権(モスクワ)で優勝。東京五輪ではコーチ兼主将として出場し、決勝でソ連を破って金メダルを獲得した。 65年の引退後はママさんバレーなどの指導普及に尽力。2004年アテネ五輪の際は、日本協会の女子強化委員長に就き、08年世界バレー殿堂入り。
中村昌枝さんが亡くなってから、12年と210日が経ちました。(4593日)