リッチー・シェインブラム 氏Richard Alan Scheinblum
元プロ野球選手[アメリカ]
(広島でプレーし、1975年の優勝に貢献。)
2021年 5月18日 死去享年98歳
リチャード・アラン・シェインブラム(Richard Alan "Richie" Scheinblum、1942年11月5日 - 2021年5月10日)は、アメリカ合衆国・ニューヨーク州ニューヨーク出身のプロ野球選手(外野手)。
NPBでの登録名は「シェーン」。
来歴・人物=
ユダヤ系ウクライナ人の家庭に生まれる。
ロングアイランド大学を経て、1964年にクリーブランド・インディアンスと契約。
翌1965年9月1日の対カンザスシティ・アスレチックス戦でメジャーデビューを果たす。
カンザスシティ・ロイヤルズ在籍時の1972年には、MLBオールスターゲームにも出場する活躍を見せ、シーズン打率.300(リーグ6位)を記録した。
その後、ジョー・ルーツに請われて1975年にセントルイス・カージナルスより広島東洋カープに入団。
登録名の「シェーン」は、ファミリーネームの「シェインブラム」では長すぎることと西部劇の『シェーン』にちなんだといわれる
。
本人は陽気で大らかな性格で、名前を省略される形になったこの登録名も「問題ないよ。
ただ、僕は馬は連れて来ないけどね」とジョークで受けたという。
ゲイル・ホプキンス、山本浩二、衣笠祥雄のクリーンナップと共に赤ヘル打線を形成し、セントラル・リーグ初優勝に貢献した。
1975年5月17日の対大洋ホエールズ戦では、日本プロ野球で初めて1試合左右両打席本塁打を記録している。
敬虔なユダヤ教の教徒で1975年9月14日の対読売ジャイアンツ戦ではこの日がユダヤ教信者懺悔の日 ……
リッチー・シェインブラムさんが亡くなってから、3年と187日が経ちました。(1283日)