関羽(かんう)
武将[蜀]
(建安24年12月没)
0220年 死去
関 羽(かん う、? - 建安24年12月初旬〈220年1月〉)は、中国後漢末期の武将。
字は雲長(うんちょう)。
もとの字は長生。
司隷河東郡解県(現:山西省運城市)の人(→#人物)。
封号は漢寿亭侯、諡は壮繆侯(→#諡号)。
子は関平・関興・女子、孫は関統・関彝(→#家族)。
生涯、蜀漢の創始者・劉備への忠義を貫き、人並み外れた武勇を持ち、義理を重んじたことから曹操など同時代の多くの人々から称賛された。
死後には歴代王朝から爵諡を多数贈られ(→#評価)、のちに関帝(関聖帝君・関帝聖君)として神格化されると、中国国内に留まらず世界各地の華人・華僑から厚く信仰されるようになった(→#関羽信仰)。
小説『三国志演義』では蜀漢の「五虎大将軍」の筆頭として描かれる。
作中ではその神聖視から諱で呼ばれることが避けられ、史実で美しいひげをたくわえていたことに由来する「美髯公(びぜんこう)」の通称で親しまれ、その忠義と武勇がさらに神秘性を帯びて描写されるなど、破格の扱いを受けている(→#創作上の関羽)。



