武村正義 氏(たけむらまさよし)
政治家[日本]
2022年 9月28日 死去享年89歳
武村 正義(たけむら まさよし、1934年〈昭和9年〉8月26日 - 2022年〈令和4年〉9月28日)は、日本の政治家、自治官僚、政治評論家。
位階は従三位。
八日市市長、滋賀県知事(3期)、衆議院議員(4期)、新党さきがけ代表、内閣官房長官、大蔵大臣を歴任。
政界引退後は龍谷大学客員教授、徳島文理大学大学院教授を務めた。
来歴・人物=
生い立ち=
滋賀県蒲生郡玉緒村(現・東近江市柴原南町)の農家に生まれた。
母を小学2年、祖父を中学3年、父を高校2年のときに亡くす。
兄勘一。
滋賀県立八日市高等学校では日本民主青年同盟に入って活動を行った。
新聞部の部長だった2年生のとき、友人の書いた文章の内容が偏っているとして、担任が不掲載を求めた。
武村は拒否し、無期謹慎の処分を受けた。
同じ日に他の8名の生徒も、発行した機関紙が思想的に偏っているとして退学や停学などの処分を受ける。
誰一人処分には納得せず、京大生や立命館大学の学生らの応援を得て反対運動を続けた。
生徒会長に立候補し、吉田内閣の逆コースと再軍備施策を批判した。
高校卒業後から受験勉強を始める。
「学費の面倒をみる」と請け合った叔父(東京在住)に勧められ、工学部入学を目指す。
その中で唯一物理が必須科目でない名古屋大学工学部機械工学科を志願し、1浪の末に無事合格した。
しかし向いていないと自覚して、2年生の春、学籍を大学に残したまま受験勉強をし直すという ……
武村正義さんが亡くなってから、2年と54日が経ちました。(785日)