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荒戸源次郎 氏(あらとげんじろう)

映画監督俳優プロデューサー[日本]

2016年 11月7日 死去虚血性心疾患享年71歳

荒戸 源次郎(あらと げんじろう、1946年10月10日 - 2016年11月7日)は、日本の映画プロデューサー、映画監督、俳優である。
劇団天象儀館主宰。
本名は吉村敏夫(よしむら としお)。
来歴= 1946年10月10日、長崎県に生まれる。
船乗りだった父方の祖父は隠れキリシタンで、ポルトガル系ともいわれる外国人の血を引いていた。
生後間もなく福岡市に転居し、九州大学入学時まで福岡に住む。
高校時代はラグビー部に所属し、熊本のヤクザの家に寝泊りし、パチンコ屋で用心棒まがいの仕事をしていたこともある。
学生運動に身を投じ、九州大学建築科を数か月で中退して上京。
唐十郎主宰の劇団状況劇場と出合い、演劇の道に進む。
状況劇場では若頭的な存在だったが、公演中、劇団仲間3人に暴力をふるったため10か月でクビになった(このとき、荒戸の後釜として入ったのが根津甚八だった)。
1972年、上杉清文らと劇団天象儀館を旗揚げする。
他の団員に、杉田一夫(作曲家)、秋山道男、櫻木徹郎(さぶ (雑誌)編集長)、熊倉正雄、田中陽造、大和屋竺、河内紀、平岡正明がいた。
劇団員は全員で一軒家を借りて共同生活をしていた。
1973年、大和屋竺監督、田中陽造脚本による映画『愛欲の罠』を製作、自ら主演した。
1980年、鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』を製作する。
同作の映画公開のために専用の小屋を建てるという、製作・興行を一体で行う方式(シネマ・プラセ ……

荒戸源次郎さんが亡くなってから、8年と14日が経ちました。(2936日)