出浦昌相(いでうらまさすけ)
戦国武将[日本]
(元和9年8月18日没)
1623年 9月12日 死去享年78歳
出浦 盛清(いでうら もりきよ)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将。
真田氏の家臣。
実名は昌相(まさすけ)。
幸久(ゆきひさ)・頼幸(よりゆき)とも伝わるが誤伝である。
信濃国更級郡の上平城主(出浦城主)や、上野国岩櫃城代などを務めた。
江戸時代後期に松代藩の家老を務めた河原綱徳が記した『本藩名士小伝』の記載に甲州透破(三ツ者・甲州忍者)の棟梁とあり、忍者として知られるが、後述の忍城攻めにおける活躍を「忍」と誤伝された可能性が指摘されている。
出浦昌相が亡くなってから、402年と237日が経過しました。(147068日)



