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藤井重夫(ふじいしげお)

作家[日本]

1979年 1月17日 死去享年64歳

藤井 重夫(ふじい しげお、1916年(大正5年)2月10日 - 1979年(昭和54年)1月17日)は、兵庫県生まれの作家。
略歴= 兵庫県豊岡市生まれ。
豊岡商業学校卒(現兵庫県立豊岡総合高等学校)。
21歳で応召し、4年間を中国大陸の戦火の中で過ごした。
1941年、25歳の時に朝日新聞に入社(姫路通信局専属通信員)。
第二次世界大戦中は陸軍報道班員としてフィリピンやマレーなどに派遣され、約2年間を南方の地で従軍した。
戦後の1951年、大阪本社から東京本社へ転勤。
雑誌編集などに携わる傍ら、執筆した「佳人」(同人誌『作家』所収)が川端康成に激賞され、芥川賞候補となる。
同作が1958年に日活で映画化されたことを機に、翌年朝日新聞社を退社し、作家業に専念する。
1965年、大阪の戦災孤児を描いた『虹』(『オール讀物』発表)で直木賞を受賞した。
1979年1月17日、午前2時2分、脳出血のため世田谷中央病院で死去。
満63歳没。
戒名は「酒仙文道居士」。
生前は「酒さえあれば他は何もいらない」を信条とした。
不器用で直情的な性格から、編集者に怖がられ、時には煙たがられることもあったという。
妻・菊枝との間に一男一女をもうけた。
著書= 『悲風ビルマ戦線』(鱒書房、1956年) 『佳人』(東都書房、1957年) 翌年芦川いづみ主演で映画化(滝沢英輔監督)、1962年にドラマ化(日本テレビ) 『家紋の果』(東都書房、1958年) 『風紋』(東都書房、1959年) 同年に連続 ……

藤井重夫が亡くなってから、47年と10日が経過しました。(17177日)

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