浅香光代 氏(あさかみつよ)
女優[日本]
2020年 12月13日 死去膵臓がん享年93歳
浅香 光代(あさか みつよ、1928年〈昭和3年〉2月20日 - 2020年〈令和2年〉12月13日)は、日本の剣劇女優。
東京府東京市神田区(現:東京都千代田区)出身。
血液型はB型。
本名は北岡 昭子(きたおか しょうこ)。
愛称は「ミッチー」。
内縁の夫はコメディアンの世志凡太。
経歴=
10歳ぐらいの頃、浅香新八郎、森静子らの舞台劇団「新生国民座」に入団、森静子の森をとって芸名「小森昭子」をもらう。
1944年(昭和19年)、座長の浅香新八郎が急逝し新生国民座は解散する。
1945年(昭和20年)、阪東鶴蔵一座に入り「富士龍子」の芸名をもらう。
その後「浅香光代」と名乗り自分の一座を結成する。
新劇団は以前からのプログラム演目に中堅看板役者達を引き継いだものの、知名度の無い劇団の人気は結団暫く低迷していたが、戦局悪化で曖昧な規制対象にされていた女剣劇の復活に携わると、たちまち人々の話題にのぼった。
浅香光代一座はやがて浅草や新宿などの芝居小屋で専属など長期興行を張る中堅人気劇団へ成長した。
一座にはのちにてんぷくトリオで有名になる戸塚睦夫・三波伸介などが在籍しており、その幕間には玉川良一らが客演していた。
1954年(昭和29年)、当時浅草で隆盛を極めていたストリップが公然猥褻罪で検挙されるようになると、それに代わる形で女剣劇が再注目され、昭和30年代に不二洋子、大江美智子、中野弘子らと共に女剣劇全盛時代の立役者となる。
……
浅香光代さんが亡くなってから、3年と343日が経ちました。(1439日)