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松村禎三 氏(まつむらていぞう)

作曲家俳人[日本]

2007年 8月6日 死去肺炎享年79歳

松村禎三 - ウィキペディアより引用

松村 禎三(まつむら ていぞう、1929年1月15日 - 2007年8月6日)は、日本の作曲家、俳人。
東京芸術大学名誉教授。
来歴[編集] 京都市(下京区仏光寺通室町西入ル)で生まれる。
両親は京都の町人の出身であり、父は代々呉服屋の家系であった。
父は尺八を、母は箏を嗜んでいた。
禎三は、幼い頃から音楽に興味を示し、小学生で簡単な作曲は始めていた。
京都時代は1945年から1949年まで高橋恒治にピアノを、1947年から1949年まで和声を長廣敏雄に師事。
10歳の頃には父をがんで失い、1949年には母を結核で失う。
1945年に旧制第三高等学校理科に入学。
寮生活を通じて、音楽だけでなく様々な出会いと経験を積む。
1949年、旧制第三高等学校理科を卒業。
母を失ったことをきっかけとして、作曲家への道を目指して清瀬保二を頼って上京する。
清瀬の紹介で、東京芸術大学教授の池内友次郎に和声、対位法、作曲を師事。
また、清瀬の家に出入りしていた武満徹とも親交を結ぶ。
1950年、芸大受験をするが結核のため受験を失敗、5年間の闘病生活に入る。
療養中の1950年代初頭より、俳句も創作するようになる。
退院した1955年に《序奏と協奏的アレグロ》が第24回NHK毎日音楽コンクール管弦楽部門で1位に入賞、デビュー作となった。
そのコンクールの審査員であった伊福部昭に作品を評価されたこをときっかけに伊福部門下となる。
その後《阿知女》《クリプトガム》《ピアノと弦楽四重 ……

関連作品

松村禎三さんが亡くなってから、16年と356日が経ちました。(6200日)